Googleの「20%ルール」という制度をご存じだろうか?
従業員が就労時間のうち20%を、自分が取り組んでみたいプロジェクトに使うことができるという制度(*)だ。
裁量のある時間をもつことで社員のモチベーションをあげる効果があり、Googleの主要サービスであるGmailもこの20%プロジェクトから生まれたと言われている。
そんな「20%ルール」を授業に取り入れている学校がある。
授業に「遊び」を取り入れ、子どもたちが主体的に学ぶことを重視しているデンマークのビルンインターナショナルスクールだ。
前回の記事では、ビルンインターナショナルスクールで行われている「遊ぶように学ぶ」授業を紹介した。
今回はビルンインターナショナルスクールで、2016年9月に始まった新しい取り組みを紹介したい。
Passion day:生徒たちが自由に自分の興味関心を追求する
通常は国語や算数といった教科科目があるが、ビルンインターナショナルスクールでは年に6回、朝から晩まで子どもたちが自由に過ごす時間をつくっている。
それが「Passion Day」だ。
Passion Dayでは、子どもたちが自分でアクティビティを選んで参加することができる。スケートをしてもいいし、チェスをしてもいい。本を読んでもいいし、ゲームをしてもよい。子どもたちが自分の興味関心にそって活動を自己決定するのだ。
「Passion day」の導入に際し、教員の思いが込められた手紙が親に届けられた。
”みなさま
Passion dayは、子どもたちが「自分の興味関心」を追求するために使う時間です。そのために教員は協力を惜しみません。また施設や機材などの環境を十分に利用してほしいと思います。
これは「Googleの20%ルール」と同じような考え方だと思った方もいらっしゃるかもしれません。生徒たちはGoogleのエンジニアと同じように自分の興味関心に従ってプロジェクトをすすめてほしいと思います。
生徒たちは「Passion day」をどのように過ごすでしょうか。
実は、私たちにもよく分からないのです。運動をするかもしれないし、アートクラフトをつくるかもしれない。縫物をする子もいれば、料理をする子、ギターを弾く子もいるかもしれない。今もたくさんのアイデアがでています。
私たちは、子どもたちにお互いに交流してもらうのもいいのではないかと思っています。
ひとりで音楽を奏でるのもいいし、ロックバンドを結成してもいい。ひとりで運動してもいいけれど、パフォーマンスグループをつくってもいい。お互いに料理を教えたり、みんなでクッキングショーを開催するなんてこともあるかもしれませんね。
さて我が校での6日間の「Passion day」のはじまりです。”
300人の生徒、それも3歳から14歳までの生徒が一斉に学校中を動き回ることに不安を覚える教員ももちろんいた。しかし、最終的には「大切なのは子どもたちが楽しむこと」という目標のもとにPassion dayはスタートすることになった。
■Passion day:1回目
さっそく迎えたPassion dayの1回目。子どもたちは、スケート、城づくり、レゴ、ダンス、チェス、料理、音楽、橋づくり、ポケモンGoなどありとあらゆる活動に取り組んだ。
音楽室には、4人の子どもたちが集まった。
バンドを結成することになった彼女たちは、楽器の役割分担をし、バンド名を決めることに。
話し合いの結果バンド名は「The Galaxy Moon Bears」になった。
Passion dayを教師たちはどのようにとらえたのか
Passion dayの1回目を終え、教師たちの間で振り返りが行われた。音楽の演奏経験のあるベテランの教員はこのように話した。
「楽器の弾き方や音楽の作り方、バンドの運営方法など、自分が知っていることをすぐに教えたくなってしまったんだ。生徒に任せ『教えないようにする』ということが、いかに難しいかを実感したよ」
また、ビルンインターナショナルスクールに来たばかりの女性教員Leneはこう語った。
「私は調理室にいたのだけど、少し失敗してしまったと思っているの。だって、私が決めたレシピの中から選び、料理中も私の指示に従う彼らは、まるで私のアシスタントのようになってしまったから。次のPassion dayではどうしたら子どもたちの邪魔をせずに『サポート』できるのかを考えなくてはいけないと思ったわ」
■Passion day:2回目
2回目のPassion dayは、教員の反省と子どもたちからの意見に基づいて少し形を変えることになった。
子どもたちは午前と午後で違う活動をしたいと主張し、違うプログラムに参加してもよいこととなった。
そして、Leneは作りたい料理を決めるのも、その準備も、子どもたちに任せることにした。
ひとつのグループはピザをつくることに決めた。教員が口を出さないことで、子どもたちは責任感を感じ、活動により熱心に取り組むようになった。
■Passion day:3回目
Passion dayの3回目。調理室では「料理ショー」が行われることになった。子どもたちは、3種類の材料を使い時間内に自分たちの好きな料理を作ることになった。
3人の男子チームは相談し、午前の部ではパスタとスクランブルエッグをつくった。
午後の部で彼らはティラミスをつくることを決め、そこにブルーベリーを加えてみようと話し合った。出来上がったものを食べてみると…それはひどい味だったことに気づく。
彼らは失敗を経験し「次こそは」と気持ちを新たにした。
Passion dayを振り返って
Passion dayが終わり、振り返り会が行われると、教員からは様々な意見があがった。
”Passion dayが終わった後の通常授業では、生徒たちの姿が違って見えたの。今までは私の担当教科に取り組む姿しか知らなかったけれど、この子にはPassion dayで見たような「いいところ」があるんだ、と気づけたから”
”ある子のPassion dayでの様子を知り、この子は体験から学ぶのが得意なのだと気づきました。何か材料があって形にしながら学んでいくほうが分かりやすいようなんですよね”
この教員は、Passion dayでの子どもの様子をもとに、教育手法を変更することにしたという。
また、スケートボードのクラスを担当していたCarmelaはこう話した。
”子どもたちは、やり方が分からない子に教えたり、より難易度の高い技を成功させるために励ましあったりしていたわ。
でも、何より面白かったのは自分自身の意識の変化。
実は、私はスケートボードがあまり得意ではないから、子どもたちに教わったの。自分が生徒の立場になることで「教えなくていけない」という「教員」としての意識に変化が感じられたわ!”
Sanneも同じように意識の変化を感じた教員のひとりだ。
”子どもたちといつもとは違うかたちで関係性を築くことができたと思う。子どもたちも私のことをいつもとは違う視点で見ていたと思うの。「語学の先生」ではなく「ただの料理好きの人」って(笑)”
子どもたちがPassion dayから学んだこと
生徒同士も同じ活動に取り組んだり、教えあうことでその関係性を深めることになった。
”自由にやっていいということが最高に楽しかったわ”
とSaraは話す。
しかし、子どもたち同士の関係を深めることも簡単ではない。
バンドを結成したBeccaはこう話した。
”すごく楽しかったわ。でもすごく疲れたし、すごくストレスたまったからもう一度やりたいとは思わない”
そう話したBeccaは、2回目は音楽以外の違うアクティビティを選んだ。
しかし、3回目には再度音楽のアクティビティに戻ってきたという。Beccaはこう続ける。
”私、Passion dayが好きだわ。だって、私は何が好きで、誰とそれをやりたいと思っているのか、ということを私自身に教えてくれるから”
服をつくるプロジェクトに参加したHediはこう話した。
”自分が好きなことをできるって最高だよ。しかも、それが『学校』でできるんだから。以前までの学校にはこういった時間がなかったからすごく楽しいの”
またCecilieは、Hediの発言に付け加えてこう話す。
”何かに熱中していると、そうでないときよりもよい成果を生み出せるのだと感じたわ”
また、あるひとりの生徒が調理室を担当していた教員Leneのもとにやってきた。
チョコレートでつくった作品を見せながらその生徒は
“次のPassion day ではもっと難しい作品を作りたい”
と笑顔で話したという。
そんな子どもの様子を見ると「more passionated」というPassion dayの目標は実現されたといえるのではないだろうか。
(*)20%ルールはGoogle社内では、すでにほとんど使われなくなったとする記事もある。
自由な時間は子どもたちにどう影響するか
ここまでPassion dayに関する報告を見てきたが、感じたことを少し書いてみたい。
まず考えたのは、日本でこの活動を行ったらどのような様子になるだろうということだ。
自分が小学生だったときのことを考えると、
・そもそもどんな活動をしてよいのか途方にくれる
・鬼ごっこ、色鬼など通常の休み時間にやっている遊び以外のアクティビティを思いつかない
・友達と一緒の活動ができるように打ち合わせをする
・本当はやりたいことがあるけど、なかなか言い出せない
という状況が起こりえそうだと感じた。
「自分の興味関心を追求する」という活動の目的を考えると、多様な選択肢の幅が用意されていること、友達に無理に合わせず自分の興味がある活動に参加できる仕組みを整えるなどの工夫を事前にしておくことが必要だと感じた。
先ほど紹介したような
”私、Passion dayが好きだわ。だって、私は何が好きで、誰とそれをやりたいと思っているのか、ということを私自身に教えてくれるから”
”何かに熱中していると、そうでないときよりもよい成果を生み出せるのだと感じたわ”
という気づきにつながるためには「自己選択」「自分の興味関心と向き合う」という環境設定が大切だろう。
またもうひとつ、子どもたちが振り返りをする際に、自分の正直な気持ちを言えることも重要だと感じた。
学校で書く感想は「楽しかった」「有意義だった」とポジティブな内容になってしまいそうだが、Beccaのように
”すごく疲れたし、すごくストレスたまったからもう一度やりたいとは思わない”
と正直に自分の感情と向き合えてこそ、本当に自分が好きなことや興味があることが浮き彫りになっていくように思う。
そういう意味で「正しい」感想ではなく「本当の気持ちに沿った」感想を言える練習をしておくことも重要だと感じた。
教員も「教えない」という姿勢を学ぶ機会になるPassion day。いろいろな課題はあるものの少しチャレンジしてみるのも面白そうではないだろうか。
-un-controlの記事の更新はTwitter、もしくはこちらのFacebookアカウントでおしらせしていきます。